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東京地方裁判所 平成9年(ワ)4133号 判決 1997年10月13日

原告

株式会社伊勢丹ファイナンス

右代表者代表取締役

宮地孝雄

右訴訟代理人弁護士

畠山保雄

武田仁

中野明安

井上能裕

被告

甲野春子

右訴訟代理人弁護士

平松和也

稲田寛

鈴木久彰

主文

一  被告は、原告に対し、金九万三〇七九円及びこれに対する平成九年三月一三日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

主文と同旨

第二  事案の概要

本件は、原告が、被告は既に支払不能の状態にあり、原告による立替払金の求償債務を履行する意思及び能力がないにもかかわらず、原告加盟店においてカードを利用して飲食したことを理由として、不法行為に基づく損害賠償請求権により、立替払金相当金の損害賠償を請求している事案である。

一  前提事実(争いのない事実等)

1  原告は、クレジット業務、貸金業等を行なう株式会社であり、被告は、原告との間で立替払契約を含むカード利用契約を締結し、原告からクレジットカード(以下、伊勢丹カードという)を貸与された者である。

2  原、被告間の契約関係

原告は、クレジット業務、貸金業等を行なう株式会社であるが、平成二年二月一〇日、被告との間で、次の立替払契約を含む伊勢丹カード契約を締結した(以下、伊勢丹カード契約という)。

(1) 被告は、原告が貸与した伊勢丹カードを利用して、原告加盟店において商品の購入ができる。

(2) 原告は、被告が伊勢丹カードを利用して原告加盟店において購入した商品の代金を加盟店に立替払する。

(3) 被告は、カード利用代金を毎月五日締め、当月二六日限り支払う。

3  伊勢丹カードの使用

被告は、平成七年五月三日から同年六月一七日にかけて、原告加盟店において、別紙利用明細書記載のとおり伊勢丹カードを利用して飲食した。

4  原告の損害

原告は、別紙利用明細書記載の利用代金(以下、本件飲食代金という)について、各加盟店に対し立替払をしたが、被告はカード利用代金の支払をせず、原告は右立替払金相当金九万三〇七九円の損害を被った。

5  被告は、平成八年一月一八日に当庁に自己破産の申立を行い(平成八年(フ)第一一四号)、「被告は債権者約八名に対し、合計約六六八万円の債務を負担し、これが支払不能の財産状態にあり、かつ、破産財団をもって破産手続の費用を償うに足りない」として同年六月六日午後五時に「被告を破産者とする。本件破産手続はこれを廃止する」旨の同時廃止決定(乙第九号証)を受けた。そこで、被告は、同日、免責の申立を行い、同年一〇月二一日に免責決定を受けた。これに対し、原告は、同年一〇月二九日、右免責決定を不服として即時抗告を申し立てたが(東京高等裁判所平成八年(ラ)第一八三三号)、平成九年一月二一日、右即時抗告は棄却されたことから、原告は、同九年二月七日、右即時抗告の棄却決定に対する特別抗告を申し立てた(東京高等裁判所平成九年(ラク)第三九号)が、同年四月二三日付で却下された。

二  争点

1  訴えの利益

(一) 被告

原告は、原告を債権者、被告を債務者として、東京簡易裁判所に対し、本件飲食代金について支払命令を申し立て(東京簡易裁判所平成八年(ロ)第六二六五二号)、平成八年六月二五日に仮執行宣言付支払命令を得た。

原告が本件で請求している損害賠償債権は、右仮執行宣言付支払命令の請求債権の変形物であるから右請求債権と同一性がある。

したがって、原告の本件訴えは正当な利益がないので、原告の請求は却下を免れない。

(二) 原告

争う。

2  本件損害賠償支払債務の破産法三六六条ノ一二但書二号該当性

(一) 原告

(1) 被告は、伊勢丹カード利用時において、立替払金全額の支払意思及び支払能力がないにもかかわらず、原告加盟店において、これを故意に秘匿し、各加盟店の担当係をして、立替払金の支払意思及び能力があるものと誤信させ、別紙利用明細書記載のとおり、伊勢丹カードを利用して飲食を行った。

(2) 原告は、本件飲食代金について、各加盟店に対し、立替払をし、右被告の行為により、九万三〇七九円相当の損害を被った。

(3) よって、右損害賠償支払債務は、破産法三六六条ノ一二但書二号に規定する「破産者が悪意を持って加えたる不法行為に基づく損害賠償」債務に該当するから免責の効力は及ばない。

(二) 被告

破産法三六六条ノ一二但書二号の「悪意ヲ以テ」とは「弁済期に弁済ができず、相手方に損害を加える高度の蓋然性があることを認識していた」ことである。

被告は、伊勢丹カード利用時には原告に対する支払が可能であると判断していたのであり、右高度の蓋然性を認識していたわけではない。

したがって、被告の本件債務は、破産法三六六条ノ一二但書二号の債務には該当しない。

3  権利濫用

(一) 被告

(1) 被告は、平成七年六月頃から、不動産の仲介を業とする会社で稼働したが、給与の遅配も度々生じたことから、借財の返済が困難になり、平成八年一月一八日、当庁に対して自己破産申立を行ない、同年六月六日午後五時破産宣告を受け、次いで、同年一〇月二一日に免責決定を得た。

(2) 原告の担当者は、被告訴訟代理人弁護士平松和也と被告の債務整理に関する協議を行い、被告の本件飲食代金支出の経緯や経済状況等について熟知し、被告の免責を妨げる理由がないことも十分承知している。しかるに、原告は被告の免責決定の確定を妨げる行為を繰り返し、破産者の経済的更生を図るという免責制度の意義を没却しようとしている。本件訴訟も被告の経済的更生を妨害する意図で提起されたものである。従って、本件請求は権利の濫用により棄却を免れない。

(二) 原告

債務者の詐欺行為による損害賠償債権については、免責裁判の中で不法行為による損害賠償請求債権の存在及びその範囲を確定することができないこと、債権者は、免責の裁判があっても、故意の不法行為による損害賠償請求は別途可能であること等を理由に右債権を除外する一部免責の裁判はなされていないのが実情である。

本件においても、原告は被告に対し、故意の不法行為による損害賠償請求債権を有するところ、免責の裁判がなされたために原告は右自己の債権に基づいて権利行使をしているに過ぎず、何ら被告の経済的更生を妨害することを目的とするものではない。

本件訴訟により、被告にとって経済的更生に障害が生じるとしても、それは本件訴訟の結果に過ぎず、原告において濫用的意図を有していたことにはならない。

よって、原告の本件訴訟は、権利濫用に当たらない。

第三  判断

一  事実経過等(前提事実、甲第一ないし第九号証、第一〇号証の一ないし三、第一一ないし第一三号証、乙第一ないし第一六号証、被告、弁論の全趣旨)

1  被告の生活歴と乙川一夫(以下、乙川という)の関係等

(1) 被告は、平成五年当時、年金生活者の母親、無職の実弟及び就学中の長女(昭和五三年五月九日生)と共同生活をしていた。被告は、家計を一人で支える立場にはあったが、年齢等の関係で高収入の職に就くことはできなかったため、経済的に苦しい状況にあった。

(2) その頃、被告は、情交関係にあった乙川から、「金融・不動産仲介、墓地の区画販売等を行う会社を設立する予定であるが、資金援助をしてほしい。高額の役員報酬を出すので共同経営者として参加してほしい」等と誘われた。そこで、被告は、同五年一〇月頃、月額二〇万円の報酬を受ける約束で、株式会社オーエステクノサービス(代表取締役乙川、但し、法人登記されておらず、乙川が会社と称していたのみであり、その実態は「オーエスこと乙川」であった。以下、便宜上、オーエスという)の経営に参加することになった。

(3) 被告は、乙川からオーエスの帳簿付けと電話番等を任されていたにすぎなかったが、共同経営者として負担金を支払うよう要求されたことから、同五年秋頃、日本信販株式会社(以下、日本信販という)等から九〇万円を借り入れて内金八〇万円を負担金として支払った。

その際、乙川は、オーエスの売上で右借入金を直ぐにでも返済ができる旨を言明したが、オーエスは自己資金が殆どなかったのみならず、主たる業務である金融の仲介も成約件数が少なかったため、最初から経営は苦境に立たされた。そこで、オーエスは、コンピュータ機器販売の取次を行うとともに、不動産取引の免許資格がないのに不動産にも手を出す等していた。

(4) 右状況の中で、被告は、オーエスから月額二〇万円の報酬の支払を受けていたが、同六年六月頃からは報酬の支払は殆どなく、却って、被告は乙川の依頼で再三資金援助を要請され、後記のとおり金融機関から借り入れてその殆どを出資ないし融資する有様であった。

2  被告の借財と返済状況

(1) 被告は、株式会社日本信販(以下、日本信販という)から、平成五年九月と一〇月に合計四〇万円を、同六年一二月には一六〇万円を各借り受けた。しかし、右四〇万円は、オーエスないし乙川のために借り入れたものであり、乙川も返済する旨述べていた。また、右一六〇万円は、オーエスが、同六年一一月頃、墓地区画(墓石及び永代供養付)を販売するようになった際、乙川から「役員である被告にも取扱商品を購入する気持ちがなければならない」等と言われたため、その購入代金として借り入れたものであった。乙川は右各金員についてもオーエスが被告に代わって返済する旨を述べていたが、実際には全く返済しようとはしなかった。

被告は、同七年一月の入金を最後に不払状態となり、同七年四月七日には日本信販により、支払不良を理由としてクレジットカードを回収された。その後、被告は、日本信販に対し、同年五月九日、「共同経営している会社の経営不振により支払が困難である」旨を伝えたところ、日本信販は、同七年五月一一日には、東京簡易裁判所に支払命令申立手続を行い、その頃、同命令が被告に送達された。

(2) 被告は、菱信ディーシーカード株式会社(以下、ディーシーカードという)から、同六年三月から四月にかけて合計七〇万円を借り入れた。しかし、その使途の殆どは乙川の債務の返済に充てられた。被告は、同六年七月二〇日、同社に対し、返済条件の変更を申し入れ、毎月三万円を支払う旨約したが、その支払も滞り、同六年七月から同七年九月までに一三万円(同七年度は一月、四月、八月、九月に各一万円を入金)を返済したのみであった。この間、右会社は被告から同六年七月二八日に右カードを回収した。

(3) 被告は、同六年一二月頃以降、株式会社ジャックス(以下、ジャックスという)から約二二万円を借り入れた。しかし、右借入金の殆どは乙川ないしオーエスのために使用された。被告は、同七年三月二七日頃、同社に対する返済を怠り、期限の利益を喪失した(同年八月三日には同社は支払命令を申し立てた)。また、被告は、ジャックスカードにより同七年三月二〇日から同七年五月二三日までの間に合計九回にわたり同カードの加盟店で買物をしたが、同七年六月二七日から分割金の支払を全く履行しなかった。

(4) 被告は、同六年一二月頃から同七年三月頃にかけて、株式会社アイフル、株式会社富士銀クレジット、三和信用保証株式会社から、各五〇万円ずつを借り入れたが、その使途の殆どは前同様であった。

(5) 被告は、同七年春頃、株式会社武富士に対し、融資の申込をしたが、拒否された。ここに至り、被告は、信販会社からの新たな借入金の調達さえも困難な状況に陥った。

(6) 被告は、乙川に対し、金融機関から借財して乙川ないしオーエスに融資した金員について返済を迫られている旨を相談し、善処を求めた。しかし、乙川は、被告に対する報酬が滞り、被告が困窮している状況を知りながら、具体的な返済に関する確約もせず、被告が支払命令を受けた事実を説明して対処を求めても、被告は「暫く待ってほしい」とか、「自分も支払命令の申立を受け、自宅が競売にかけられている」等と述べたのみであった。

3  伊勢丹カードの利用

右経過の中で、被告は、平成六年春頃、原告と伊勢丹カード契約を締結したが、乙川とともに、同七年五月三日から同年六月一七日にかけて、原告加盟店において、別紙利用明細書記載のとおり、伊勢丹カードを使用して飲食した(なお、被告は「オーエスの客の接待としての利用が一、二件あった。その際、被告は、乙川から、伊勢丹カードの利用代金は、会社の経費扱いになるので、一時被告が立て替え、その後会社から清算する旨の説明を受けていた」旨供述するが、接待の相手、時期、取引内容等が曖昧であり、これを裏付ける的確な資料もないから直ちに信用できない。仮に、一、二件の接待があったとしても、本件飲食代金の大部分が個人的飲食であったことに変わりはない)。

4  伊勢丹カード利用時の被告の経済状況等

(1) 被告は、家族四人で共同生活をしていたが、経済的には苦しく、同五年以前から社会保険料(国民健康保険料や国民年金の払込資金)さえも支払えない程であった。

(2) 被告は、伊勢丹カードで本件飲食をした当時、オーエスないし乙川から報酬の支払を殆ど受けておらず、報酬月額二〇万円の一年分に相当する二四〇万円が既に未払状態にあった(被告は賞与の支払を受けておらず、右時点の報酬未払金額が二四〇万円もあったことに照らすと、被告は、遅くとも平成六年六月頃から、オーエスから報酬の支払を殆ど受けていなかったと認められる)。

(3) 被告は、当時、唯一の収入源である児童扶養手当等(合計三万円)と預貯金の取り崩しで生活をやり繰りしていたが、同七年五月ころまでに預貯金の殆どを使い果たした。また、電話料金の滞納が続いたため、NTTから同七年七月限りで「お客様都合使用中止」処分を受けた(数か月程度の電話料金の不払程度では通話停止措置がとられることは通常ないから、被告は少なくとも数か月前から、電話料金を滞納していたものと推認される)。

(4) 本件飲食当時、前記2記載のとおり、少なくとも元金部分だけでも約二五〇万円の債務を負っており、本来、毎月の分割返済額は五、六万円であったが、報酬の支払が殆どないため、平成六年六月頃から、既に返済が困難な状況にあった。

5  オーエスの経営、財産状況

オーエスは、金融・不動産の仲介、コンピューター機器販売の取次、墓地区画販売等を行っていたが、経営内容は極めて悪く、平成六年六月頃から、被告に対する報酬の支払さえもできず、被告に金融機関から借金をさせて、その殆どを運転資金等に使うという状況が続いていた。そして、オーエスは、同七年六月から、独自の店舗を賃借することも困難となり、株式会社ヴェルディ(以下、ヴェルディという)の一室を間借りするようになった。被告は、同月末頃、乙川とのオーエスの共同経営を解消して、ヴェルディに就職した。

6  その後の経過

(1) 被告は、ヴェルディ入社後、原告の担当者と協議し、伊勢丹カードの利用代金九万三〇七九円を同七年九月から月二万円ずつ返済する旨を約束したが、二回支払ったのみであった。被告訴訟代理人弁護士平松和也は、同七年一〇月二五日、被告から債務整理を受任し、同日付で原告を含む各債権者に受任通知を発送した。しかし、その後も、原告から、被告の自宅や会社に直接電話があったり、同七年一一月九日には、原告の社員が被告の自宅に直接取立に赴き、訪問票を置いて帰ったこともあった。

(2) 被告は、同八年一月一八日、前提事実5記載のとおり、自己破産の申立を行ない、破産宣告、免責許可決定を受けた。

(3) 原告は、同八年五月二九日、本件飲食代金につき、東京簡易裁判所に支払命令の申立をなし(東京簡易裁判所平成八年(ロ)六二六五二号)、同年六月三日支払命令が下り、同月二五日被告から異議がないまま仮執行宣言が付された。

(4) 原告は、本件飲食代金について、各加盟店に対し立替払した上、同九年三月四日に本訴訴訟を提起した。

二  検討(前提事実、事実経過等を前提)

1  訴えの利益

前記認定のとおり、原告は、原告を債権者、被告を債務者として、東京簡易裁判所に対し、本件飲食代金について支払命令を申立て(東京簡易裁判所平成八年(ロ)第六二六五二号)、平成八年六月二五日に仮執行宣言付支払命令を得ているが、原告が本件で請求している損害賠償請求権と、右仮執行宣言付支払命令の請求権とは異なる要件に基づく別個の債権であり、訴訟物を異にするものであることは明らかである。

したがって、前者が後者の変形物であり、同一性があるとして本件訴えの却下を求める被告の主張は採用できない。

2  本件債務の破産法三六六条ノ一二但書二号該当性

(1)  前記認定の事実、殊に、①被告は、乙川の誘いでオーエスの役員に就任したが、報酬月額二〇万円の支払約束があったにもかかわらず、同社は当初から経営不振が続き、被告は借財してまでも同社に対する負担金を出すことを余儀なくされる一方で、被告に対する報酬の支払遅延が続き、平成六年六月頃からは報酬の支払は殆どなくなったこと、②被告は、乙川の要請で同七年の初め頃までに多数回にわたって、オーエスの運転資金や乙川の債務の返済等に充てるための借入をしており、その合計額は数百万円に達していたのみならず、オーエスの事業のため、当面必要とも思われない墓石区画を同六年一二月頃、日本信販からの借入金一六〇万円で購入させられていたこと、③被告は、同六年七月当時、既に債務を負担していたディーシーカードに対する毎月三万円の分割金の支払さえも殆ど実行できなかったこと、④被告は、日本信販等に対する返済資金にも窮して、生活費にも事欠くようになり、同七年一月二七日の入金を最後に日本信販にたいする返済を行なわなかったため、同年四月七日には日本信販によってクレジットカードを回収され、被告も日本信販に対し、同年五月九日の時点で「勤務先の経営不振により支払が困難である」旨を伝えたことから、日本信販は同年五月一一日付で支払命令の申立を行い、同命令が被告にその頃送達されたこと、⑤被告は、ジャックスに対する債務についても、同七年三月二七日には返済金の支払を怠り、期限の利益を喪失したこと、⑥被告は、同七年春頃、武富士から融資の申込を拒否される始末であったこと、⑦被告は、本件飲食当時までに、二年間以上も社会保険料等を滞納していた上、電話通話料の支払懈怠により通話停止措置を受け、預貯金も使い果たしていた有様であって、収入としては児童扶養手当等の公的給付金の月額三万円程度しかなく、破産申立当時とほぼ同額の約二五〇万円の債務を負担していたこと、⑧この間、乙川(オーエス)は、右状況にある被告に対し、借入金を返済する旨を再三約しながら、これを実行していないこと(被告はオーエスの帳簿の管理を任されていたのであるから、その経営状況の推移を把握し、終始、オーエスの財産状態が悪く、被告の貸付金を返済する状況にはないことを熟知していたものと推認される)等を総合すると、被告は、伊勢丹カードを使用して飲食をした当時、既に自己資金による返済は不可能であり、かつ、オーエスないし乙川も本件飲食代金を清算してくれるとは考えていなかったというべきである。

右によると、被告は、本件飲食代金の支払意思も能力もないのに、原告加盟店において、伊勢丹カードを使用して飲食したものと認めるのが相当である。

(2)  もっとも、被告は、「①本件飲食代金はいずれも現金で支払えない金額ではなく財布には金銭もあった。②伊勢丹カードでまとめて立て替えておいて、後で明細書をオーエスに提出し、清算してもらうつもりでいた。③信販会社から支払命令が多数来るまでは乙川を信じていた」旨供述しており、乙第一六号証中にも「④被告は、平成六年一二月にはオーエスが苦しいのは一時であり、年を越せば業績は好転する旨の説明を受けていた。⑤伊勢丹カードによる本件飲食代金は会社経費で落とせばよい。今進めている仕事がまとまれば会社に売上が入ると述べていたことから、自分がカードで立て替えても支払時期には会社経費で決済できると考えていた」旨の記載がある。

しかし、②ないし⑤の部分については、前記認定の被告の借金の使途と負担額、オーエスの経営及び財産状況(年を越して平成七年になってもオーエスの経営は好転せず、帳簿付けを担当していた被告は経営状況等を熟知していた)、乙川の被告に対する態度(借入金を早期に返済する旨を約しながら長期間にわたり全く返済に応じていない事実)並びにオーエスの仕事の話があったとしても、必ずしも成約に至るとは限らないのみならず、取引先からの入金時期も不確定であり(被告の供述)、本件飲食をした当時、オーエスの経営状況を好転させるような具体的な取引の交渉が進んでいたことを裏付ける客観的資料も全くないこと等を総合すると、被告は、伊勢丹カードで飲食した当時、本件飲食代金を支払うことができないであろうことを当然予測していたものというべきであり、被告が乙川の言動を信じたり、後日清算してもらえると信じていたとは到底認め難い。また、①については、被告が右飲食時に所持していた金員は生活費に充てるべき娘の児童扶養手当等や前記借入金の一部であったのであるから(被告の供述、弁論の全趣旨)、乙川との飲食の際に支出することが予定されていなかったものといわざるを得ず、飲食時において財布中に現金があったとしても、直ちに被告の前記認定の認識を左右するものではない。

(3)  以上からすると、被告は、伊勢丹カード利用時において、被告自身及びオーエスの経済状況が破綻しており、その代金支払が被告自身においてもオーエスにおいても不可能だったこと及びその結果原告に損害を与えることを十分認識していたものと認められるから、被告の伊勢丹カード利用は、破産法三六六条ノ一二但書二号の所定の悪意による不法行為に該当するというべきである(弁済期に弁済ができず相手方に損害を加える高度の蓋然性があることを認識していたことを悪意の要件と見る見解に立ったとしても、本件の時事経過の下においては優に右要件を満たすというべきである)。

結局、被告は、右悪意を秘匿し、各加盟店の担当係をして、立替払金の支払意思及び支払能力があるものと誤信させ、伊勢丹カードを使用したものであり、その結果、原告は、本件飲食代金九万三〇七九円を各加盟店に立替払し、同額の損害を被ったと認めるのが相当である。

3  権利濫用

確かに、原告の担当者は被告側と債務整理について協議した際、本件飲食代金を支出した経緯や被告の経済的家庭的状況を知ったであろうことは容易に窺うことができる。しかし、原告側が免責決定に対し即時抗告、特別抗告を申し立てたり、本件訴訟を提起したとしても、これらは債権者として当然認められた法的措置であるから、原告が専ら被告の経済更生を妨害する害意や目的をもって右手続に及んだ等の格別の事情のない限り、当然には権利の濫用に該当するものではないところ、右格別の事情を認めるに足りる証拠はない。

よって、権利濫用の主張は理由がない。

第四  結論

よって、原告の請求は理由があるので、主文のとおり判決する。

(裁判官市村弘)

別紙<省略>

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